2012年2月19日日曜日

文芸少女のイソギンチャク その3


 さて。
 待っている間はすることがない。
 時間潰しのケータイも、うっかり忘れてきてしまった。
 しかたなく、ぼくはしばらく下を向いていた。
 少しして、阪井から、シャンプーの香りがカオってきた。
 文芸部員らしい、石鹸っぽい、やわらかくてキツすぎない香りだ。
 ぼくはつい、ミツの香りに誘われるミツバチのように、阪井の方を向いた。
 長い髪に隠されて、目とか鼻とか口とかしか、ぼくには見えなかった。
 だけど、阪井が思い悩んでいるのは、彼女から漂う雰囲気からわかった。
 阪井はやや下を向いて、一点だけを見つめ、何か考えているようだった。
 ただ、そんな中でも、文芸部で見せるようなリリしさは、失われてはいなかった。
 どうしよう。
 このままじゃ、時間ばっかり経っていく。
 でも、ぼくから、どうやって阪井に話しかけたらいいんだろう。
 何を言っていいかわからないし。
 でも、もしもヘタに何かマズいこと言って、阪井を怒らせてしまったら大変だ。
 明日からぼくは、文芸部に行けなくなってしまうのだ。
 そうすると、阪井の姿を、密かに遠くで眺めることも出来なくなってしまう。
 ぼくは困った。
 悩みつつ、ふと上を見上げた。
 公園に設置されている時計が見えた。
 時間は、もう8時をとっくに回っていた。
「……もう、遅いよ? 8時回ったし」
 時計のおかげで、ぼくは切り出し方を思いつき、阪井に言った。
 少しだけ、ホッとしたみたいになった。
 だけど、阪井はあいかわらず何も言わない。
 焦った。
「……ほ、ほら、親御さんも心配してるしさ、とりあえず……」
 とりあえずこの場をなんとかしようと、ぼくは思い付くままを言った。
 ぼくも、あんまり家を開けていると、親が騒ぎ出すかもしれない。
 ケータイもうっかり忘れてしまったことだし、
 阪井の親だって、たぶん同じことだろう。
 阪井に何があったかは、ぼくにはわからない。
 でも、とりあえずは、二人ともおとなしくしておいた方がいいだろう。
 そして明日からはまた、日常に戻る。
 ちょっと退屈だろうけど、結局はそれがいちばんいいのだ。
 ぼくは思い直し、阪井の手を取って、帰るように勧めようとした。
 彼女の手の感触は、バス停のときと、ほとんど変わらない。
 外にいたせいか、ちょっと冷えたかなというくらいだ。
 でも、今はそんなことに気を取られている場合じゃない。
「ほら……」
 ぼくはそのまま、阪井と一緒に立ち上がろうとした。
「……ねえ、ちょっと付き合ってよ?」
 阪井が、どことなくいたずらっぽい目をしながら、笑顔で言った。
                                       

2 件のコメント:

takadanobuyuki さんのコメント...

せんせい、続きを・・・

ひやとい さんのコメント...

コメにまったく気づいてませんでした。これからなんとかしてぼちぼちやりますたぶん。
にしてもまた小説の書き方忘れちゃったなあ。