さて。 待っている間はすることがない。 時間潰しのケータイも、うっかり忘れてきてしまった。 しかたなく、ぼくはしばらく下を向いていた。 少しして、阪井から、シャンプーの香りがカオってきた。 文芸部員らしい、石鹸っぽい、やわらかくてキツすぎない香りだ。 ぼくはつい、ミツの香りに誘われるミツバチのように、阪井の方を向いた。 長い髪に隠されて、目とか鼻とか口とかしか、ぼくには見えなかった。 だけど、阪井が思い悩んでいるのは、彼女から漂う雰囲気からわかった。 阪井はやや下を向いて、一点だけを見つめ、何か考えているようだった。 ただ、そんな中でも、文芸部で見せるようなリリしさは、失われてはいなかった。 どうしよう。 このままじゃ、時間ばっかり経っていく。 でも、ぼくから、どうやって阪井に話しかけたらいいんだろう。 何を言っていいかわからないし。 でも、もしもヘタに何かマズいこと言って、阪井を怒らせてしまったら大変だ。 明日からぼくは、文芸部に行けなくなってしまうのだ。 そうすると、阪井の姿を、密かに遠くで眺めることも出来なくなってしまう。 ぼくは困った。 悩みつつ、ふと上を見上げた。 公園に設置されている時計が見えた。 時間は、もう8時をとっくに回っていた。 「……もう、遅いよ? 8時回ったし」 時計のおかげで、ぼくは切り出し方を思いつき、阪井に言った。 少しだけ、ホッとしたみたいになった。 だけど、阪井はあいかわらず何も言わない。 焦った。 「……ほ、ほら、親御さんも心配してるしさ、とりあえず……」 とりあえずこの場をなんとかしようと、ぼくは思い付くままを言った。 ぼくも、あんまり家を開けていると、親が騒ぎ出すかもしれない。 ケータイもうっかり忘れてしまったことだし、 阪井の親だって、たぶん同じことだろう。 阪井に何があったかは、ぼくにはわからない。 でも、とりあえずは、二人ともおとなしくしておいた方がいいだろう。 そして明日からはまた、日常に戻る。 ちょっと退屈だろうけど、結局はそれがいちばんいいのだ。 ぼくは思い直し、阪井の手を取って、帰るように勧めようとした。 彼女の手の感触は、バス停のときと、ほとんど変わらない。 外にいたせいか、ちょっと冷えたかなというくらいだ。 でも、今はそんなことに気を取られている場合じゃない。 「ほら……」 ぼくはそのまま、阪井と一緒に立ち上がろうとした。 「……ねえ、ちょっと付き合ってよ?」 阪井が、どことなくいたずらっぽい目をしながら、笑顔で言った。 |
2012年2月19日日曜日
文芸少女のイソギンチャク その3
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2 件のコメント:
せんせい、続きを・・・
コメにまったく気づいてませんでした。これからなんとかしてぼちぼちやりますたぶん。
にしてもまた小説の書き方忘れちゃったなあ。
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