2012年2月9日木曜日

文芸少女のイソギンチャク その2



 学校指定の、ナイロン製の紺色のバッグだった。
「阪井……」
 もう外は暗くなっていた。
 ぼくの家の、玄関先からの光に照らされながら、阪井がこっちを見ていた。
 そのせいか、立ち姿に、どことなく不穏な空気を感した。
 表情は厳しく、まるでなにかを決意してるみたいだった。
 足の先から頭のてっぺんまで、力が入っていたようにも見えた。
「ねえ」
 と少し大きな声でぼくを呼ぶと、阪井は指で数回、ぼくの頭の上を越えるようなしぐさで指さしをした。
 要するに、ぼくの部屋の中に入れてくれということだ。
「玄関から入ったらいいじゃん」
 そう言った。
 阪井はそれには応じず、人差し指を唇にあて、首を左右に振った。
 振るときの、長い髪がなびく感じが、どことなく軽やかだった。
 困った。
 なるべくぼくの家族には、来たことを知られたくないらしい。
 ぼくの部屋は二階だ。
 家の中から階段を登って入る以外に、その術はない。
 ぼくはおもわず手で、制するしぐさを阪井に見せた。
 それから急いでジッパーを上げながら部屋を出ると、階段を駆け下りて玄関のドアを開け、外へ出た。
 阪井の方を、ぼくはすぐに向いた。
 家から出た勢いのせいか、少しびっくりしたような表情に見えた。
 ぼくは阪井に向かって少しうなずくと、さっきの公園の方向を指さした。
 公園の街灯らしき光が、弱いながらも、その存在を知らせていた。

「……いったい、どうしたの?」 
 公園に着き、とりあえずベンチに座る。
 そして阪井に、訊ねてみた。
 とにかく、よくわからない。
 パターンからすると、たぶん家庭内でなにかあったとか、そういうのなんだろう。
 でも、それはあくまでぼくの妄想に過ぎない。
 とにかく阪井から事情を聞かなければ、何の対処も、しようがないのだ。
 阪井は、なかなか口を開かない。
 ぼくも仕方なく、待つことにした。
                                       

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